食料品の消費税ゼロで農家の事務処理の手間が増える?

本当に農家の事務負担は増えるのか

衆院選を前に、自民党や一部の野党が「食料品の消費税ゼロ」を政策として掲げ、選挙戦を展開しています。
一方で、国民民主党はこの政策に反対の立場を取っています。同党の玉木代表がその理由の一つとして挙げているのが、以下の主張です。

「食料品の消費税がゼロになると、農家の事務負担が増える」

「税金がなくなるなら計算は楽になるのでは?」と感じる方も多いと思いますが、玉木氏のこの主張は果たして本当なのでしょうか。
税務の実務的な観点から考察してみました。

農家に「消費税還付」の手間が新たに発生する理由

玉木氏が指摘しているのは、これまで比較的簡易な方法で申告を行ってきた農家や漁師などの一次産業従事者が、食料品の消費税ゼロ化によって「消費税の還付手続き」を余儀なくされるという点です。
この指摘は、実務的にも非常に妥当だと言えます。

家族経営などの小規模農家の場合、売上高が5,000万円に満たないケースが多く、実態としては以下のいずれかに該当することがほとんどです。

  • 消費税の簡易課税制度を選択している
  • そもそも消費税の支払いが免除される免税事業者である

食料品の消費税がゼロになると、多くの農家が簡易課税や免税から原則課税に切り替えることによって「消費税の還付を受けられる状態」になります。(強制ではありません。)

なぜ還付を受けられる状態になるのか?

それは、農家の「売上」にかかる税率が0%になる一方で、「経費」には10%の税率がかかり続けるからです。
農家の主な経費(種苗代、肥料代、農機具代など)は消費税10%の課税対象です。
一方で、農協や道の駅に卸す売上が0%になれば、支払った税金の方が多くなり、その差額を国から返してもらう権利が生じます。

ここで問題になるのが、現在の「簡易課税制度の利用者」や「免税事業者」では還付を受けられないという点です。

具体的な数字で見てみる(モデルケース)

以下は仕組みを説明するための、単純化した一例です。
現状簡易課税の適用を受けている農家が、食料品の消費税がゼロになった後、原則課税に切り替えた場合の例です。
(人件費や非課税取引等は考慮していません)

【現状:売上8%(軽減税率)の場合】

売上: 2,160万円(うち消費税8%:160万円)

経費: 1,100万円(うち消費税10%:100万円)

簡易課税による納税額: 2,000万円 ×(1 - 80%※)×8%= 32万円の納税
(※第二種事業のみなし仕入率80%を適用)

(参考:原則課税による消費税額 160万円 − 100万円 = 60万円)

【食料品の消費税がゼロ(免税)になった場合】

売上: 2,000万円(消費税0%:0円)

経費: 1,100万円(うち消費税10%:100万円)

原則課税による還付額: 0円 - 100万円 = 100万円の還付

この100万円を取り戻すためには、簡易課税をあきらめ、手間のかかる「原則課税」で申告しなければなりません。

また、今まで免税事業者だった農家も、還付を受けるためには、新たに課税事業者になる必要があります。
免税のままで居続けるという選択肢もありますが、その場合、還付をあきらめることになります。

問題は「得か損か」ではなく、事務負担の増加

ここで重要なのは、還付金がもらえること自体ではなく、還付を受けるためのプロセス(事務負担)です。

簡易課税は「売上に一定の率を掛けるだけ」の非常にシンプルな計算です。
また、免税事業者は今まで消費税の申告が必要ありませんでした。
しかし、原則課税への移行を余儀なくされると、以下の作業が必須となります。

  • すべての取引ごとに消費税区分(10%か対象外か等)を判定する
  • 帳簿や請求書をインボイス制度に則って厳格に保存する
  • 仕入税額控除を一つひとつ集計・計算する

これまで自身で申告を完結させていた農家であっても、これだけの作業をこなすには税理士事務所のサポートが不可欠になるでしょう。
還付金をもらうために、新たな税理士報酬というコストが発生するという事態を招きかねません。
(我々税理士にとってはビジネスチャンスとも言えますが・・・)

実務的に考えられる対応策と課題

簡易課税の適用をやめるためには、
原則として、課税期間の開始日前までに
「簡易課税選択不適用届出書」を税務署に提出する必要があります。

仮に食料品の消費税ゼロが急に導入されるのであれば、

  • 提出期限を課税期間の末日まで認めるなどの特例措置
  • 経費全体に一定率を乗じて還付額を計算するような「簡易的な還付制度」の創設

こうした手当がないまま導入されれば、現場は混乱に陥るはずです。

まとめ

食料品の消費税ゼロについては、SNS上で誤った情報も多く見られます。

しかし、少なくとも、

  • 農家では消費税の還付が発生しやすくなる
  • その結果、原則課税への移行が必要となり
  • 事務負担や専門家コストが増える

という点について、
「農家の手間が増える」という玉木氏の指摘は、
実務的には正しいと言えるでしょう。

政策を評価するうえでは、
何が正しく、何が誤解なのかを冷静に見極めることが重要だと感じます。