小池の軌跡①(生い立ち)

はじめに

ホームページを本格的に運営し始めてから、半年以上が経ちました。

しかし、思うようにアクセスは増えていません。

原因はよく分かりませんが、これまで税金の話ばかりで、自分自身についてはあまり書いてきませんでした。Googleに「こいつは一体何者なんだろう」と思われているのが原因かもしれません。

そこで、何回かに分けて私自身のことを書いてみようと思いました。

生い立ち

私は1976年、群馬県高崎市で生まれました。高校卒業まで高崎で育ちました。

高崎というと、それなりに発展した街というイメージを持たれるかもしれません。しかし、私の実家は高崎市内でも山の中にあります。

周りには木々が生い茂っています。子どもの頃は友達と山を探検したり、秘密基地を作ったりして遊んでいました。

そんな場所に家を建てたのは、自然の中でのびのび育ってほしいという父の思いがあったのだと思います。

しかし、学校へ通うのはなかなか大変でした。

自転車通学だったので、行きは下り坂で楽ですが、帰りは延々と上り坂です。当時は嫌でしたが、おかげで足腰はかなり鍛えられました。

そんな環境で育ったせいか、私は山より海が好きです。

趣味は釣りですが、渓流釣りよりも海釣りのほうに惹かれます。

父の仕事

父も母も群馬県高崎市の出身です。

父は新幹線の橋の工事に携わる仕事をしていました。九州新幹線や長野新幹線など、新しい路線の建設が始まるたびに、その土地へ単身赴任していました。

そのため、父が家にいることはあまりありませんでした。

たまに父と出かけると、「これはお父さんが造った橋なんだよ」と教えてくれることがありました。そのたびに、父の仕事を誇らしく感じたことを覚えています。

勤務時代に建設会社の社長で、「この建物は俺が建てたんだよ」と嬉しそうに話される方がいました。その姿を見て、父のことを思い出しました。

自分が携わったものが形として残り、子どもにも胸を張って話せる仕事は、本当に素晴らしい仕事だと思います。

剣道

小学校高学年の頃に剣道教室へ通い始め、そのまま中学校でも剣道部に入りました。

剣道そのものは好きでした。小手を打つと見せかけて面を打つなど、相手をだますような演技が得意でした。

ただ、楽しいことばかりではありません。

竹刀が変なところに当たると本当に痛いですし、夏場は暑くて部室は汗のにおいでいっぱいでした。

当時は先輩からの厳しい指導もありました。

「ケツピン」といって、竹刀でお尻を叩かれることがあります。真ん中に当たればそれほど痛くないのですが、たまに太ももに当たることがあり、これが本当に痛い。ミミズ腫れになることもありました。

「剣道は中学を卒業したら終わりにしよう。」

当時はそんなことを考えていました。

勉強

小学校、中学校では勉強は比較的得意でした。

成績もいつも上位のほうでした。

高校は地元の進学校である「タカタカ」こと高崎高校へ進学することにしました。

群馬県では、進学校といえばタカタカとマエタカ(前橋高校)が有名で、毎年のように東大合格者数を競っています。

子どもの頃から「タカタカに行けたらいいね」と言われて育ったので、合格したときは両親も喜んでくれたと思います。

しかし、高校に入ってから、私は初めて大きな挫折を味わうことになります。

(続く)

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