小池の軌跡②(学生時代)

高崎高校に進学

中学校で成績上位だった私は、群馬で一番の進学校である高崎高校(通称タカタカ)に進学しました。

そこで人生で初めて挫折を味わうことになります。

タカタカは頭の良い生徒がたくさん集まっています。私は当初タカタカの中では平均点を取るのがやっとのレベルでした。

高校時代はマンドリン部に所属していましたが、部活動よりも勉強に力を入れました。

周りがみんな勉強に一生懸命でしたので、置いてけぼりにならないように必死でした。

大学受験

大学は親にも学費で負担をかけたくないということもあり、横浜国立大学を目指すことにしました。

横浜国立大学は海の見える場所にあるということもあり、山の中で育った私には憧れの立地でもありました。

必死に勉強しましたが、残念ながら不合格でした。

滑り止めの中央大学と法政大学には受かっていました。

浪人しようかどうか迷いましたが、親と相談し、考えた末、現役で中央大学に進学することにしました。

中央大学商学部は八王子の山の中にあります。

結局、群馬の山の中から東京の山の中の大学に通うことになってしまいました。

大学生活

18歳で親元を離れて、東京で一人暮らしを始めました。

初めて住んだ場所は中央線の豊田駅です。

大学生活は全てがキラキラしていました。

高校は男子校だったので、周りに女子がいませんでした。

大学にはキレイな女子がたくさんいました。

それだけでハッピーな大学生活でした。

大学に入ってからは、和楽器のサークルに入り、三味線を弾いていました。

山田流という流派の長唄三味線です。

三味線はかなりがんばっていましたので、ソロで盤渉調という曲を演奏会で披露するほどの腕前になりました。

女子にはそこそこもてました。

あの頃が人生のピークだったかもしれません。

税理士の勉強を開始

大学時代はサークル活動とバイトばかりに精を出していました。

中央大学商学部には経理研究会という由緒ある学内の団体があります。

多くの商学部の学生は経理研に所属し、朝から晩まで部屋に籠もって公認会計士の資格取得のための勉強をしています。

私もそれを横目で見ながら、このままではいけない、何か将来のために勉強をしなければと思いました。

しかし、そう思った時期が遅すぎました。大学3年の途中でしたので。それまで遊びすぎました。

就活を考えると、今から会計士の勉強を始めても在学中の合格は無理。

であれば、社会人になってからも資格取得を目指せる税理士試験の合格を目指そう。そう思ったのでした。

(続く)

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