税理士を目指す
私は大学3年生の時に税理士を目指すことにしました。
まずは日商簿記2級の勉強から始めました。簿記2級は簡単に受かりました。
その後、大原の立川校に通い、財務諸表論の勉強を始めました。
財務諸表論は、正直やっていて面白くなかったです。
結局受かるまでに3年もかかってしまいました。
実務がよくわからないため、呪文のような文章を無理矢理頭に叩き込んでいるような感じでした。
受験科目は最初に簿記論を選択すべきだったと後悔しています。
簿記論の方が日商簿記からの流れで理解がしやすいからです。
なお、私が受験した約30年前は、今ほど財表の合格率が高くなかったということを言い訳として述べておきます。合格率は10%未満でした。
就職活動
就職活動は、会計ソフトの会社にターゲットを絞って行っていました。
会計の知識とコンピューターの知識の両方を蓄えつつ、仕事に生かしていきたい。そのように考えていました。
当時も業界の構図は今とそれほど大きく変わりません。
TKC、ミロク、JDLなどのオフコン系の会計ソフト会社、OBC、PCA、ソリマチなどの店頭販売のパッケージ型会計ソフト会社が存在しました。
私はこれらの中の数社から内定をもらい、その中の一社に就職しました。
その会社を選んだ理由は、面談で対応していただいた方が大学のゼミの先輩だったということもあり親近感を感じたからです。
ちなみにその時期はアメリカのインテュイットが日本の会計ソフト業界に参入してきた時期と重なります。
会計ソフト会社に勤務
会計ソフトの会社に就職し、税務ソフトの開発部門で約5年間働きました。
私は、主に入力画面や印刷のプログラミングを担当していました。
当時は、所得税確定申告書の種類がたくさんありました。今は1種類ですが、当時は少なくとも10種類以上に分かれていました。
その種類ごとに画面や印刷の設定をするのは大変な作業だったと記憶しています。
この会社は、正直、働いていてつまらなかったです。
閉鎖された空間で仕事をしていて、お客様との接点がありませんでした。
検証作業に税理士の先生が加わっていたので、その先生のご意見を伺う機会はありましたが、それだけでは物足りませんでした。
何のためにこんな細かい作業をしなければならないのだろうと思うことが度々ありました。
この会社の開発部門で5年間働いた後、会計事務所への転職を決意し、転職活動を行いました。
なお、税理士試験の科目は、転職時点で財表、簿記の2科目に合格していました。
会計事務所への転職
会計事務所への転職活動は「人材ドラフト」というサイトを利用しました。今も会計事務所の転職では最大手だと思います。
これを使って条件の良い会計事務所を探しました。
その事務所を選んだ理由は、社内独立制度のようなものがあり、魅力的に感じたからです。
社内独立を経て、いつかは完全独立を成し遂げたいと思っていました。
私はこの会計事務所で、20年以上の実務経験を積むことになります。
税理士試験の方は、割と勉強しやすい環境でした。
授業のある日もない日も、終業後に大原に行って、勉強をしました。
土日も通勤時間中も勉強しかしていませんでした。
勤務時代に酒税、法人税、相続税の順番で合格し、五科目合格を成し遂げました。
結局五科目合格までに13年もかかってしまいました。
合格した時の年齢はすでに30歳を超えていました。
私は青春時代の全てを税理士試験に捧げたと言っても過言ではありません。
(続く)



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